帰りたくないと泣く子どもたちを見送った日。何世代にもわたって受け継がれた一本の爪切りを見せてもらった日。千葉奥房総の亀山温泉ホテルには、宿泊の時間を超えて、お客様の家族の記憶に残る場面がある。家業を継いだ代表は、旅館業を軸に地域を活性化する事業を起こしながら、次の世代へ続く場所を目指している。
QUESTION 01
家業を継ぐことを決心したきっかけは何ですか?
大学進学の時点で家業を継ぐことを決めていたそうですが、どんな思いだったのでしょうか。
私どもは昭和25年創業の旅館で、祖父が立ち上げました。私は大学に入学するときには、すでに家業を継ぐと決意していました。家業を継がないという選択肢を強く否定したというより、将来は自然と自分が継ぐものだと思っていたのです。両親から継いでほしいと言われたわけでもなく、自分でそう考えていました。
大学で学部を選ぶとき、自分の将来を改めて考えました。その結果、将来は経営するのだろうと思い、経営学科に進みました。家業を継ぐことを前提に、どのような学びが必要かを考えたのだと思います。大げさな決意や、誰かに背中を押された出来事があったわけではなく、進路を考える中で自然に方向が定まっていきました。
大学卒業後は、旅館修行のために群馬県の別の旅館に勤めました。そこで5年ほど働き、28歳のときに家業へ戻りました。大学で経営を学び、別の旅館で現場を経験してから戻ったことが、私にとっての入社のきっかけです。家業を継ぐことは、何か特別な出来事がきっかけだったわけではありません。幼いころから身近だった家業を、自分の将来の道として自然に考えるようになったのです。
QUESTION 02
御社はどのような会社ですか?
旅館業に加えて新しい事業にも取り組まれていますが、どのような会社なのでしょうか。
もともとは旅館業で創業した会社ですが、私は千葉奥房総の亀山温泉ホテルを地域の活性化企業だと捉えています。旅館業を本業にしながらも、地域が活性化するような事業をたくさん起こしていきたいと考えています。宿泊施設を運営するだけでなく、地域にある資源や土地を生かし、人が訪れるきっかけを増やしていく会社でありたいと思っています。
その一つがグランピングです。2023年にご縁があり、当社の空いている土地にグランピング施設が建ちました。当社は運営委託を受ける形で、そのグランピングを運営しています。自社だけで施設を建てて運営するのではなく、土地を持つ当社と運営を担う当社、そして施設を設けるオーナー企業との関わりによって、新しい事業が始まりました。
グランピングによって、亀山地域の宿泊の選択肢が増え、地域の景色も変えることができたと感じています。今後も同じように、地域資源や空いている土地を活用してもらう、地域に根差した事業を起こしていきたいと考えています。旅館を守ることだけにとどまらず、地域に新しい動きが生まれるような役割を担うことが、現在の会社の姿です。
QUESTION 03
他社との違い・強みは何ですか?
温泉や自然環境などの魅力に加えて、御社ならではの強みを教えてください。
強みは私自身です。私はいろいろなことに挑戦する性格で、企業としても挑戦することを大切にしています。旅館だけをやっていればよいとは考えていません。地域に面白いインパクトを与えられることであれば、どんどん取り組んでいきたいと思っています。そうした姿勢が、当社を面白い会社にしているのではないかと考えています。
もう一つの大きな資源が温泉です。チョコレート色の温泉で、自家源泉であり、豊富な湯量があります。自然環境や料理、スタッフが提案するリトリートとしての過ごし方も含め、温泉だけでなく、滞在全体を組み合わせて価値を提供しています。観光地を訪れて帰るだけではなく、そこでどのように過ごすかを提案できるスタッフがいることも特徴です。
自然環境、東京からのアクセス、豊富な湯量、料理といった要素が複合的に重なっています。スタッフもエネルギーのある人たちが集まっていると感じています。温泉という唯一無二の価値を中心に、地域で新しいことへ挑戦する姿勢と、滞在の過ごし方を提案する力を組み合わせている点が、当社の強みだと考えています。
QUESTION 04
どのようなお客様に選ばれていますか?
現在はどのようなお客様に選ばれ、これからどんなお客様を迎えたいのでしょうか。
現在は、小さなお子様を持つ家族連れのお客様によく選ばれています。お客様の60%弱ほどが家族連れです。小さなお子様でも安心して泊まれる宿の認定制度にも選ばれており、お子様連れのご家族が安心して泊まれることが、選ばれる理由の一つになっています。家族旅行の場として、子どもと一緒に過ごしやすい宿を求めるお客様に利用していただいています。
一方で、これからはより幅広いお客様に選んでいただきたいと考えています。周辺にはゴルフ場が多く、当社の周りにも30分圏内に複数のゴルフ場があります。旅館を貸し切り、企業研修をしながら泊まり、翌日にゴルフをするような流れのお客様を迎えたいと思っています。当社は14室または15室の規模で、40人弱で貸し切りができるため、団体での利用にも可能性があります。
さらに、インバウンドにも力を広げたいと考えています。今注目しているのは台湾とオーストラリアです。台湾は日本に近く、何度も訪れる方がいることや、国際免許で運転できることに魅力を感じています。オーストラリアについては、日本でゴルフをする人を見据えています。現在の家族連れという強みを大切にしながら、ゴルフや海外のお客様にも選ばれる宿を目指しています。
QUESTION 05
一番印象に残っているお客様とのエピソードを教えてください。
お客様との時間を通じて、特に印象に残っている出来事を教えてください。
印象に残っている出来事は二つあります。一つは、12、3年前に泊まった三兄弟のご家族です。当時、男の子の三兄弟は6歳、4歳、2歳くらいでした。私はロビーで子どもたちと遊びました。帰るとき、子どもたちは「帰りたくない」と言いながら、車から身を乗り出して本気で手を振っていました。その姿がとても嬉しく、私はその日の出来事をブログやSNSに書きました。
すると、たまたまお母様がその記事を読んでくださり、「これ、うちのことですね」と連絡をくださいました。帰りの車の中でも子どもたちが「次はいつ亀山温泉ホテルに行くの」「また行きたい」と言っていて大変だった、と教えてくださったのです。そのやりとりから、旅館はお客様の思い出を預かっている場所なのだと、改めて感じました。家族旅行を通じて、家族の絆を感じていただく場所でもあるのだと思います。
もう一つは、祖父、父、孫の三世代で訪れたご家族です。おじい様が一本の爪切りを見せてくださり、そこには亀山温泉ホテルの名前が書かれていました。ホテルがオープンしたときに先代からもらい、大切に使っていたものだそうです。息子さんが予約してくれたことで思い出し、持ってきてくださったとのことでした。
その場で、お父様が子どものころにここへ来た記憶をめぐって会話が生まれ、隣でお孫さんがその話を聞いていました。同じ場所で同じ商売を続けることには、世代と世代をつなぐ意味があるのだと感じました。旅館は思い出を世代につなぐ場所でもある。そう実感した出来事です。
QUESTION 06
料金や価格帯、サービス内容を教えてください。
宿泊料金の目安と、食事や温泉などのサービス内容を教えてください。
宿泊料金は、だいたい一人2万円から3万円以内の料金帯です。食事は1泊2食付きで、朝食と夕食が含まれます。夕食については口コミで4.29、朝食バイキングについては4.8という評価が紹介されました。料金の中に食事が含まれているため、温泉と食事を含めた宿泊として利用していただけます。
温泉はチョコレート色で、自家源泉の豊富な湯量が特徴です。宿の前は自然が広がり、夜は真っ暗になるため、星空を楽しめます。火を使った体験もできます。季節によって景色も変わり、春にはホテルの目の前にある桜、秋には紅葉を楽しめます。亀山湖畔には桜が植樹されており、桜の時期には満開の景色を見られます。
QUESTION 07
今後のビジョンを教えてください。
地域に根差した事業を進める中で、これからどんな会社を目指すのでしょうか。
千葉奥房総の亀山温泉ホテルは、奥房総の観光リーディングカンパニーになることをビジョンに掲げています。もう一つの目標は、100年続く100人企業になることです。旅館業を続けるだけでなく、地域でさまざまな事業を起こしながら、奥房総の観光を担う会社として成長していきたいと考えています。
そのために、グランピングのような新しい事業にも取り組んでいます。当社の土地を活用し、地域の宿泊の選択肢を増やした経験を生かしながら、今後も地域資源や空いている土地を活用した事業を起こしていきたいと思っています。旅館を中心にしながらも、地域に新しい人の流れや過ごし方が生まれるような取り組みを重ねていきます。
目指しているのは、地域に選ばれ、地域から認められ、地域でリーダーシップを取れる企業です。お客様の思い出を預かる旅館として、家族の世代をつなぐ役割を大切にしながら、地域の未来にも関わっていく。100年続く100人企業という目標には、同じ場所で事業を続け、次の世代へ受け渡していきたいという思いが込められています。



