マグネシウムのように、加工時の扱いが難しい素材に向き合ってきた株式会社シズテック。その歩みは、創業家の後継者として一直線に始まったものではなかった。司法試験を目指した大学時代を経て、海外拠点の立ち上げに携わり、現在はグループ全体の将来を見据える。材料調達から最終工程までを担う現在の事業と、これから求める連携について聞いた。
QUESTION 01
高校生ぐらいからどんなキャリアを歩んできたのか聞いてもよろしいでしょうか
司法試験を目指した学生時代から、現在までの歩みを教えてください。
私は岐阜の普通科の進学校に通っていました。以前は家業を継ごうと思っていましたが、高校生の頃に司法試験を目指したいと考えるようになり、大学では法学を学びました。司法試験には挑戦したものの、法科大学院の受験もうまくいかず、大学卒業後もしばらく勉強を続けました。
大学には一年長く在籍し、その後も司法試験の勉強を続けました。ただ、当時は十分に取り組めていたわけではありません。資格を取った場合でも、地元に戻って法律の仕事をしながらシズテックに入る可能性は、大学時代から頭の中にありました。最初から後継者になると決めていたわけではありません。
その後、家族が新しい会社や海外法人を立ち上げる時期になり、海外へ行く人がいなかったことから、私はシズテックに入り、海外拠点へ行くことになりました。入社することが後継ぎにつながる流れはありましたが、結果的にそうする形になったという感覚です。現在は代表を務めていますが、ものづくりの道に進むことは、当初から明確に決まっていたわけではありません。
QUESTION 02
御社はどのような会社ですか?
現在、どのような加工や工程を担っている会社なのでしょうか。
シズテックは、金属加工全般を手がける会社です。社内ではバフやバレル、平面研磨、ショットブラストなど、金属を削ったり磨いたりする加工を行っています。自社だけで完結する工程もありますが、長年の協力会社とのつながりを生かし、必要な工程を組み合わせて製品を仕上げています。
刃物をつくってきた時代からの流れもあり、プレス、レーザー切断、焼き入れなどを担う協力会社があります。素材の仕入れから、加工、表面処理、刻印やレーザーマークといった最終工程まで、まとめて受けられることが特徴です。社内工程を挟む場合もあれば、外注先だけで完結する仕事もあります。
取り扱いが多い金属はアルミですが、チタンやマグネシウムなど、難加工金属と呼ばれる素材にも対応しています。チタンは硬く、マグネシウムは削ったり磨いたりする際に発火の危険がある素材です。だからこそ、材料の調達から最終工程までを見渡しながら、難加工金属を扱うノウハウを蓄積してきました。
QUESTION 03
シズテックはどのように生まれた会社ですか?
刃物を起点とする家業から、シズテックが生まれた経緯を教えてください。
シズテックの前身には、祖父が始めた刃物の会社がありました。父の代に法人化し、刃物の仕事に加えて金属加工の仕事が増えていきます。その後、刃物の会社と金属加工の会社を分けることになり、金属加工を担う会社としてシズテックが生まれました。シズテックとしては、父が創業者にあたります。
分社化した背景には、金属加工の仕事が増え、刃物をつくる仕事と両立することが難しくなったことがあります。一方で、刃物の会社は刃物メーカーとして残したいという家族の意思もありました。別々の会社に分かれることで、それぞれの事業を続けていく形がつくられたのです。
シズテックができたのは1995年です。取引先からセラミック部品の仕事を受けたことをきっかけに、金属の仕事へと広がり、やがて刃物以外の金属加工も増えていきました。私はシズテックの2代目という立場で、現在は3代目として会社を率いています。刃物から金属加工へ広がったことが、現在の事業の土台になっています。
QUESTION 04
マグネシウム加工で強みを築いた理由は何ですか?
危険も伴うマグネシウム加工に取り組んだ理由は何だったのでしょうか。
マグネシウム加工に取り組んだ理由の一つは、父たちが難しい仕事に取り組みたがっていたことです。マグネシウムは軽くて硬い一方、削ったり磨いたりすると発火する危険があります。加工そのものに難しさがあるため、扱うには素材の性質を理解し、工程を慎重に組み立てなければなりません。
最初から自社だけの判断で始めたわけではなく、お客様から相談を受けたことがきっかけでした。マグネシウム製のゴルフクラブのヘッドをつくりたいという相談があり、そのお客様と一緒に研究を進めたと聞いています。その後、釣具の部品などにも仕事が広がり、表面処理や切削など、対応できる範囲を増やしていきました。
マグネシウムは、使えば軽量化につながる可能性がある一方、危険を伴うため、すべての製品に向く素材ではありません。だからこそ、相談を受けた仕事に向き合いながら、加工や表面処理の経験を積み重ねてきました。難しい素材だからこそ研究するという姿勢が、現在の強みにつながっています。
QUESTION 05
一番印象に残っている仕事を教えてください。
これまでの仕事の中で、特に印象に残っている経験を教えてください。
一番印象に残っているのは、海外に工場をつくり、現地でシズテックの仕事をしていた時期です。私は海外拠点に駐在し、現地での生産や取引に関わりました。日本向けの仕事だけでなく、海外の工場へ自転車部品を納める仕事もあり、製造と商流の両方を考えながら進める必要がありました。
海外に駐在していたのは2005年から2016年か2017年頃までです。その後は日本と海外を行き来する形になり、2019年までは毎月一週間ほど現地へ行っていました。現地でつくったものを別の国へ納める仕事もあり、国内の工場だけでは経験できない仕事の進め方を学びました。
海外拠点の工場は現在閉じていますが、会社自体は残っています。駐在中は、現地で人を採用し、私が日本へ戻れる体制も少しずつ整えていきました。現地の状況に合わせて生産や人員の形を変えながら事業を続けた経験は、現在の経営にもつながっています。海外で工場を動かした経験が、特に記憶に残る仕事です。
QUESTION 06
今後のビジョンを教えてください。
グループとシズテックを、これからどう成長させたいですか。
今後は、グループに関わる会社が協力し合い、社員がしっかり生活していける状態をつくりたいと考えています。グループは3社を基本とし、海外法人を含めると4社あります。それぞれの会社が持つ機能や得意分野を生かしながら、グループ内で協力できる部分を増やしていくことが目標です。
グループ全体では、これまでに売上高30億円を目指す目標を掲げました。明確な期限は別として、幹部社員も含めてつくった目標です。シズテックは特定の取引先の状況に影響を受けやすく、売上が10億円から15億円の間を行き来することがあります。だからこそ、加工の幅を広げ、ものづくりのブランドとしての存在感を高めたいと考えています。
私は加工について、弟たちほど詳しいわけではありません。一方で、弟たちや親族にはそれぞれ得意な加工があり、役割を分担しています。今後も一人ですべてを担うのではなく、得意分野を持つ人たちが協力していくことが重要です。グループで協力しながら30億円を目指すことが、これからの方向性です。



